大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和39年(ネ)1903号 判決 1965年4月06日

控訴人(被告)

広藤道明

代理人

山下豊

被控訴人(原告)

関東製粉協同組合

代理人

龍前茂三郎

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事   実<省略>

理由

一、被控訴人の主張事実中、原判決摘示の請求の原因一ないし三項については当事間に争いがなく、<証拠>によれば訴外亡広藤秀明は昭和二四年四月二三日訴外石毛勘司に対し金一〇〇、〇〇〇円を、弁済期昭和二四年六月二二日と定め、利息は月一割、毎月二三日限り翌月分を支払い、期限後は日歩一〇銭の割合による遅延損害金を支払うことの約で貸し付け、右債権を担保するため同訴外人所有にかかる原判決添付の別紙目録記載の土地につき順位一番の抵当権の設定を受けたことが認められ、他に右認定を妨げる証拠はない。

三、つぎに、右貸金債権および遅延損害金債権については、昭和三四年六月二二日をもつて一〇年の消滅時効期間が満了しているところ、被控訴人は訴外石毛勘司が右消滅時効を援用しないので、同訴外人に対する請求原因一項記載の債権を保全するため同訴外人に代位して右消滅時効を援用すると主張し控訴人はその効力を争うのでその当否につき判断する。

おもうに、時効制度は一定の事実状態が永続する場合において、これに権利得喪の法律効果を賦与し、その状態を法律関係にまで高めることによつて、その上に築かれている社会的秩序を維持しようとするものであつて、公共的理由に先ずその存在意義を有するものであるが、他面、右事実状態自体に内在する当事者の道義的ないし情誼的感情も尊重されるべきものとし、その法律効果を享受すべきか否かは専ら当事者自身の自由な意思、すなわち援用に委ねているのであるから、かかる法制の立前に鑑みると、時効の援用は一般的にいつて一身専属的な色彩を帯びた権利ということはできるけれどもしかしながら本来右権利は当事者の財産的利益のみに関するものであつて、純粋な意味で債務者の身分ないし人格そのものと結合するものはないのであるから、当事者が自己の債務を完済しえないような無資力の状態に陥つている場合においてまでも、かかる個人的感情尊重の理念を優越せしめるのは相当でなく、かかる場合においては、時効を援用する権利はなお、債権の共同担保の保全のため債権者代位の目的になりうるものと解するのが相当である。

しかるところ、<証拠>によると、訴外石毛勘司は既に本件強制競売の開始当時から多額の債務を負担していたほか公租公課も滞納していた事実を認めうるのであつて、この事実によると同訴外人は当時所謂無資力の状態にあつたものと推認されるから、被控訴人が訴外石毛勘司に代位して右時効を援用したことにより(右援用が昭和三六年九月四日の原審第五回口頭弁論期日になされたことは本件記録上明らかである)控訴人に対しても前記貸金および遅延損害金債権の時効消滅の効果を有効に主張しうるに到つたものというべきであつて、右各債権の存在を前提として作成された配当表は不適法なものであることは明らかであり、被控訴人が右配当表に対して申し立てた異議は理由がある。

控訴人は、時効の援用をなし得べきものは債務者およびその承継人、保証人、連帯保証人のごとく直接に権利を得または義務を免れる者のみに限られ、配当異議の訴における原告のごときは、他の債権者の債権が消滅することによつて自己の債権に対し配当額の増加を受けるものであつて、間接の利益を得るにすぎないから時効を援用しうる当事者にあたらない旨主張するが、債務者に代位してなす時効援用権の行使は債権者がその名において債務者自身に属する右権利を行使するものであつて債権者固有の権利としてこれを行使するのではないのであるから、この場合時効援用の当事者はあくまでも債務者たる訴外石毛勘司自身にほかならないわけであり、してみれば控訴人の右主張はそれ自体失当であるといわざるをえない。

更に、控訴人は、もし被控訴人主張のように債権者代位権に基づく時効の援用が許されるとすれば、控訴人においてもまた債権者代位権に基づき時効完成後に債務の承認をなしうることになるから被控訴人の主張は時効援用の法理を誤まるものである旨主張するが、債権者代位権は債権者が自己の債権を保全するために認められるものであるから代位されるべき権利は債務者の財産を保存ないし増加するに足るものであるを要し、債務承認のように財産の減少を目的とする行為はこれを代位援用することはできないから、控訴人の右主張もまた失当というべきである。

三、そうすると、訴外広藤秀明に対して前記遅延損害金分として金七三、一〇〇円、および元金分として金一〇〇、〇〇〇円を各配当することはいずれも誤つているから、本件配当表中同人に対する右配当額は取り消すべきものであり、かつ前顕甲第五号証の一ないし三によると、右配当表中訴外亡広藤秀明の債権について異議を述べたのは被控訴人のみであつて、他の債権者との間においてはすでに右配当表は確定していることを認めうるから、右売得金中広藤秀明に対して交付するものとされた金員は全部被控訴人に対して配当されるべきものであり、したがつて右配当表中被控訴人に対する配当額が金一九四、六五九円とあるのは金三六七、七五九円に変更されなければならない。

そうして、訴外亡広藤秀明が昭和二七年二月二五日死亡し、控訴人が単独で相続したことは当事者間に争いのないところであるので、控訴人に対してなされた被控訴人の本訴請求は結局理由があり、これを認容した原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないから民訴法三八四条一項に則りこれを棄却し、訴訟費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。(三淵乾太郎 伊藤顕信 土井俊文)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例